小惑星衝突から地球を守る!プラネタリーディフェンスに挑む日本の取組み
~小惑星に探査機を衝突させるという変わった実験はなぜ必要?~
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地球に接近する可能性を持つ小惑星に接近し、その性質を明らかにする欧州宇宙機関(ESA)の小惑星探査機「Hera」が2024年10月7日に打ち上げられました。
Heraには、日本の小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」の技術を活用して開発された赤外カメラが搭載されています。Heraの目的は、2つの小惑星から構成される二重小惑星「ディディモス」に接近し探査すること。
ディディモスは、2022年にNASAの探査機が意図的に衝突し、小惑星の軌道を変更するという珍しい実験が行われた天体です。人為的に軌道を変えられた小惑星を観測し、クレーターの詳細や、ディディモスの質量・組成などを明らかにするのがHeraの目的なのです。
小惑星に探査機を衝突させるという変わった実験はなぜ必要なのでしょうか?
地球には小さな天体の落下が毎日起きており、1日に40トン以上の物質が地球に降り注いでいます。ほとんどは大気の中で燃え尽きてしまいますが、質量の大きなものは燃え尽きることなく地表に到達する可能性があるのです。小惑星の衝突は稀ではあるものの、ひとたび起きれば恐竜絶滅級の大きな災害をもたらす可能性があります。
こうした災害から地球上の生命を守る「プラネタリーディフェンス」と呼ばれる取り組みが各国宇宙機関で始まっています。日本は「はやぶさ」をはじめとする小惑星探査で培った技術と知見をもとにプラネタリーディフェンスに貢献しているのです。


星のかけらは毎日地球にやってきている。小惑星衝突で何が起きる?
6400万年前の恐竜絶滅の背後には、当時ユカタン半島沖に衝突した小天体(地名から「チクシュルーブ衝突体」と呼ばれています)による地球環境の激変があったとされています。チクシュルーブ衝突体の由来は小惑星または彗星と考える複数の説がありますが、直径10kmという非常に大型の天体が衝突し、生物の絶滅につながった可能性は高いのです。
チクシュルーブ衝突体については、地層に残された物質などから過去を解き明かす研究が続けられていますが、20世紀以降は記録技術が発達し天体衝突の規模や方向、被害の程度がより詳細にわかるようになりました。
1908年6月30日、シベリア上空で直径約40mの天体が高度10km付近で爆発し、ツングースカ地域に被害をもたらしました。人口のまばらな地域だったことから人的被害はほとんどありませんでしたが、隕石の影響を科学的に調査した事例となりました。2013年には、ロシアのチェリャビンスク州へ直径17m程度の小惑星が飛来し、地表近くでバラバラになり、市街地に衝撃波の被害をもたらしています。
ツングースカやチェリャビンスクに飛来した隕石はどちらも直径が数十m規模であり、地表に衝突する前に空中でバラバラになりました。チェリャビンスク隕石は破片が湖に沈んでおり、市街地に落下するようなことはなかったのですが、それでも建物の窓ガラスが割れるなどの被害から約1500人の負傷者が出ています。
こうした隕石被害の程度を決める重要な要素が質量です。約5万年前に、現在の米奥アリゾナ州に衝突したバリンジャー隕石は直径30~50m程度とツングースカの隕石とそれほど変わらない程度とされますが、密度の高い鉄隕石だったことから、直径1.2km、深さ200mにおよぶクレーターを生成しました。周囲数km以内の生物は衝突時に死滅してしまい、最大22kmの範囲を不毛な荒野に変えてしまったと考えられています。
隕石はもともと、小惑星や彗星といった小天体が地球の軌道と交差する中で大気圏内に入ってきたものです。地球と軌道が近く、衝突の可能性を持つ天体をNEO(Near Earth Object)といい、現在では3万5000個ほど発見されています。天文学の発展や観測装置の高度化によってNEOの発見が増え、その軌道を追跡することができるようになり、将来の軌道を推定することができるようになりました。もしも地球に衝突する可能性がある場合には、災害を防ぐために事前に対策をすることが可能になってきています。
こうした天体衝突から地球を守る活動を「プラネタリーディフェンス(惑星防衛)」と呼びます。
「はやぶさ」「はやぶさ2」を経験した日本は小惑星探査先進国
天体衝突に備えるプラネタリーディフェンスの活動のためには、小惑星などのNEOを詳細に知ることがカギになります。
大きさはもちろん、どんな物質でできているのか、密度や長期的な軌道の変化なども重要です。地上から望遠鏡でNEOを観測するだけでなく、小惑星に接近して詳細に観測し、さらに小惑星を構成する物質を持ち帰ることができれば、理解は飛躍的に高まります。そして日本はこの小惑星探査を2回も経験しているのです。
2003年に打ち上げられ、2010年に小惑星「イトカワ」の表面の物質を持ち帰ったJAXAの小惑星探査機「はやぶさ」の観測から、イトカワは固い岩のかたまりではなく、大小さまざまな岩や砂が重力で緩やかに集まってできた「ラブルパイル天体」であることが確かめられました。
イトカワだけでなく、はやぶさの後継機である「はやぶさ2」が探査した小惑星「リュウグウ」も同様にラブルパイル天体であることがわかっています。重力で集まった岩や砂が高速で自転すると、リュウグウのようにそろばん玉のような特徴的な形状になることもわかってきました。
はやぶさ2は、小惑星に「衝突装置」という実験装置をぶつけて人工クレーター生成することに史上で初めて成功しました。地球にNEOが衝突するのと同様に、宇宙では小天体どうしがぶつかりあい、ときにはお互いをバラバラに破壊したり、軌道を変えたりしていると考えられています。
はやぶさ2の衝突実験は、ラブルパイル天体で衝突が起きた場合に何がおきるのか、クレーターという表面の変化はどのようになるのかをとらえ、しかもクレーターであらわになった地下の様子まで観測を可能にしました。ひとつの小惑星に対して、表面の観測だけでなく衝突で起きる変化まで調査し、さらに複数の場所から物質を持ち帰るという探査をはやぶさ2で行った日本は、小惑星探査の先進国と胸を張ってよいでしょう。
地球への衝突可能性があるNEO、危険を回避するには?
日本が持つ小惑星探査の経験と豊富なデータは、プラネタリーディフェンスの中でもとても役に立つものです。
地球に衝突する可能性のあるNEOを発見した場合、現在取りうるひとつの方法は、衝突の何十年も前に天体に物体を衝突させ、軌道をそらして衝突を回避する「インパクト」という方法です。
インパクトで小惑星の軌道をそらして衝突を回避するには、小惑星の大きさによってどの程度前から準備をしなくてはならないのかという条件に違いがあります。
小惑星の直径が100m程度と比較的小さい場合は数年から十数年前、直径が1kmに近い大きい小惑星の場合は50年から100年と時間に多くの余裕が必要です。それだけでなく、小惑星が一枚岩のような密度の高い天体なのか、あるいはラブルパイル天体なのかという状態によっても対処が異なるのです。ラブルパイル天体の場合、地球に近いところで衝突を行うと、破片が多く地球に衝突する軌道に乗って、かえってやっかいなことになるかもしれません。小惑星がどのような組成になっているのか、あらかじめ詳細に調査しておくことが重要です。
一方で、小惑星への衝突と人工クレーターそのものが小惑星を動かすエンジンになりえます。
リュウグウへの衝突の際には、「イジェクタ」と呼ばれる噴出物が衝突の周囲に飛び散っていく様子が観測されました。ロケットエンジンの原理は、自分が持っている質量の一部を排出して、その反作用で進む力を得るというものです。小惑星から質量の一部(砂や石)が宇宙に放出されれば、これが小惑星本体にとって推進力になります。
こうして得た推進力で小惑星の軌道を変え、地球に衝突する軌道からそらすことができるのです。

2022年に行われたNASAのDART衝突実験は、探査機が身を挺して小惑星ディディモスに衝突し、クレーターを生成するというものでした。DARTの成果を、衛星本体から分離された子衛星がある程度は捉えていますが、クレーターの詳細や長期間にわたる軌道の変化はあらためて調査する必要があります。
そこで、ESAの探査機Heraは2026年に小惑星ディディモスの探査を行う計画なのです。はやぶさ2の知見を持つ日本は、このHeraに協力して「はやぶさ2」の技術を引き継いだ赤外カメラ「TIRI」を提供し、小惑星「ディディモス」の撮影を行います。
小惑星の表面は、太陽に照らされて日中に温まり、夜は熱を放射して冷めていくということを繰り返しています。この温度変化を赤外カメラで撮影すると、小惑星の「温まりやすさ」「冷めやすさ」がわかります。
温まりやすく冷めやすい場合は、スポンジ状にスカスカになっていて、すき間の多い、密度の低い天体であると考えられます。反対に温まりにくく冷めにくい場合は、密度が高く一枚岩に近いことがわかります。
熱の変化から小惑星の密度と、そこから導き出される質量との関係を推定することができるのです。インパクトによるプラネタリーディフェンスには欠かせないデータですね。
2029年、小惑星アポフィスの大接近
日本と欧州の小惑星探査タッグはこれだけにとどまりません。2029年4月、直径340mの小惑星「アポフィス」が地球に最接近すると予測されています。
その距離はなんと3万2000km。気象衛星「ひまわり」などがいる静止軌道よりも地球に接近してくるのです。
近いとはいえ衝突の可能性は極めて低い(災害の可能性という観点からは「危険はない」と言えます)のですが、視点を変えればNEOを地球の間近で観測する、極めて稀な大イベントです。
NASAとESAはこの好機を逃さないよう、特急で探査機の立ち上げを計画しています。NASAは、「はやぶさ2」の仲間であり、2023年に主要なミッションを終えた小惑星探査機「OSIRIS-REx」を活用し、新たな使命としてアポフィスに接近、観測する目標です。しかし軌道の関係で地球接近の後にしか近づくことができません。
地球接近前にアポフィスを探査できる、本命ともいえるのはESAが計画する「RAMSES」探査機です。アポフィス接近のわずか1年前、2028年4月に打ち上げて地球接近に備えようというRAMSESに、日本はふたたび赤外カメラを提供して協力することを検討しています。はやぶさ2で培ってきた赤外観測の実績にアポフィス観測データが加わることになるでしょう。RAMSESの計画承認は2025年秋ごろを予定しており、大いに期待が高まっています。
宇宙の衝突現象から科学の力で地球を守るには、これまで日本が積み重ねてきた小惑星の姿を解き明かす力が必要でした。Heraの活躍、そしてRAMSESへの参加が新たな世界を見せてくれるのが待ち遠しいですね。
参考文献
Meteors and Meteorites
https://science.nasa.gov/solar-system/meteors-meteorites/
Ruthenium isotopes show the Chicxulub impactor was a carbonaceous-type asteroid
https://doi.org/10.1126/science.adk4868
第90回宇宙開発利用部会資料「プラネタリーディフェンスの取組みとアポフィス観測について」
https://www.mext.go.jp/content/20240927-mxt_uchukai01-000038107_2-1.pdf
JAXA宇宙科学研究所「二重小惑星探査計画 Hera」
https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/developing/hera.html
ESA Hera
https://www.esa.int/Space_Safety/Hera
ESA Ramses
https://www.esa.int/Space_Safety/Planetary_Defence/Introducing_Ramses_ESA_s_mission_to_asteroid_Apophis
NASA DART
https://science.nasa.gov/mission/dart/
NASA OSIRIS-APEX
https://science.nasa.gov/mission/osiris-apex/

サイエンスライター
秋山文野 Ayano Akiyama
ライター/編集/翻訳